ノーネーム





俺たちは、日に何度もキスをする。フレンチじゃなくて、ディープなほう。相手は
変態の光秀だから、キスっつうよりか食べられるって感じだ。
今朝だって、それで起こされた。キスは嫌いじゃないが、もともと低血圧で朝が
弱い所を、口の中を生ぬるい舌が這い回る感覚で起こされるなんて、はっきり言
って最悪以外の何物でもねえ。驚いて舌咬んで光秀怒らして、朝っぱらから掘ら
れて、学校には遅刻決定。家出る前にも当然ベロチューかまされて、フラフラし
ながら家を出た。
「なんて爽やかな行ってらっしゃいのキスだ!」
皮肉を言ってみたところで、光秀には通じない。
学校じゃ、事情が判ってないため心配してくれたらしい幸村にひたすらつきまと
われて、逆によく判ってる佐助と元親には散々からかわれた。
「ね、明智サンて食通なんでしょ?そんな人に気に入られるなんて、伊達ちゃん
の口って相当美味しいんだろうね」
一寸御味見、言って近付く佐助の顔にグーパンを見舞う。ただのグーパンじゃね
え、必殺のコークスクリュー。
「きゃー、梵ちゃん恐ぁい」
「何か仰いましたかオヒメサマッ!」
棒読みでおどけた元親には、顎をカチ割るハイキックをプレゼントした。(ちなみ
に梵ってのはガキの頃のあだ名。涙浮かべてうずくまる元親は、中学上がるまで
自分は女と信じて疑わなかったメルヘン脳の持ち主だから、オヒメサマ。)
沈めた二人を引きずって保健室へ直行。
「濃せんせぇ、こいつら階段から落ちたみたい。あと俺気分悪いから帰る。早退
届ちょーだい」
「あら、その子たち見かけに依らずドジなのね。それからご所望の物はその棚に
入ってるけど、今度フケるときには『気持ち悪い』って言った方が良いわよ?」
「……アドバイスどーも」
スタイル抜群、保健室の先生の理想像みたいな濃先生は、にっこり笑って早退届
にサインをくれた。
帰り道、少し逸れてコンビニへ。おにぎりがふたつに沢庵が二、三枚入ってるだ
けの安い弁当と、紙パックの緑茶(500ml入りで百円だからペットボトルより得だ)
を買って、マンションに向かう。高校生が親元離れて暮らすには不釣り合い過ぎ
る、入り口に暗証キーとかがついて警備は万全な高級マンション。俺はここの最
上階、光秀の部屋に居候の身だ。
鍵を開けて中に入ると光秀の暗い笑い声が聞こえた。この時間帯じゃ多分“ごき
げんよう”でも観てるんだろう。笑い上戸なことだ。カーテン閉めっぱのリビン
グのTVの中では案の定、お馴染みのメロディーに乗せてデカいサイコロが振られ
ていた。
『美味しい話、ペロリコチャ〜ン』
『『ペロリコチャ〜ン』』
「クックック……あーはっはっはっは」
小堺さんの台詞とジェスチャーをリピートする観客に爆笑してんのは、日本中探
しだってこいつだけだと思う。
ソファに凭れる光秀の、後ろから髪を引いて上を向かせてただいまのベロチュー。
最早日課と化してきた(どこまでクソな日課だ)。
「学校暇だから帰って来た」
「貴方何しに行ったんです?二時間と居なかったでしょう」
「良いじゃねえか、授業受けなくてもテストはチョロいし」
ソファを回り込んで、光秀の膝の上に向かい合わせで座る。誘うみたいに舌を出
したら、光秀はすぐさまノッてきた。唇で啄まれて、吸われて、奴の口の内にイ
ントゥー。柔らかく噛まれて頭がぼーっとする。ちゅ、とわざと音を立てて離れ
たら、逃げるなと言わんばかりに苦い顔をされた。誤魔化すために、
「なァ、何でアンタ、そんなにベロチュー好きなんだよ」
「貴方の舌美味しいんですよ」
「は?」
「今まで食べたどの人より、ね」
「食べたって、アンタ」
「ええ」
言って微笑んだ光秀に、無性にイラついた。誰かが心臓を鷲掴みにしてるみたい
で、多分俺は、光秀とキス(もしくはそれ以上のコトを)した、俺以外の不特定多
数に嫉妬していた。
「……ムカつく」
思わず口を吐いて出たそれを飲み込むみたいに、光秀が唇に噛みついてきた。息
する余裕もあったもんじゃないようなしつこくて激しいキスに眩眩する──苦し
くて奴の胸を容赦なくドンドン叩いたらやっと解放されて、思いっきり息吸い込
んで逆に噎せた。
「痛いです、政宗」
「自業……ッ、自得だろ、莫迦」
睨みつけたが、涙が溜まって潤んだ目(噎せたせいだ。絶対)じゃ大した効果もな
いだろう。大体、相手は睨んだって叩いたって平気な顔してるような変人だ。
思った通り、光秀はヘラヘラ笑っていやがった。挙げ句、
「政宗、貴方を可愛らしいなどと思う日が来ようとは!」
出て来た台詞がこれじゃ、文句言う気も失せるってンだ。つうか、何言ってんの
かもさっぱりわからねえ。日本語も英語も完璧に理解できる俺の脳ですら、光秀
の言葉を処理すんのは不可能らしい。
とりあえず、開いた口を閉じるところから始めた俺に、光秀は追い討ちをかけて
きた(と、俺には思えた)。
「心配しなくても、今は貴方だけですよ」
「……何言って、」
「ですから。愛しているのは貴方だけだと言ったんです」
貴方は?
笑顔で訊かれて、俺は戸惑った。
クソったれた日課も、それに伴う光秀の柔らかさも、時々見せる鋭さも嫌いじゃ
ないし、求めてるんだと思う。光秀の昔の恋人(ただのセフレ予備軍かも知んねえ
けど)に嫉妬するなんて、ガキみたいな感情も有る。実際俺は19のガキで、光秀は
大人で、だから。
この感情に名前を付けるとすれば、
「……俺は」
奴みたいに、愛とか、そういうキレイな言葉は使いたくなかった。俺は光秀に、
いろんなモノ(しかも大半はドロドロした汚い感情だ)を求めすぎてる。
「止めた、アンタなんかにゃ教えねぇ」
「全く……やはり可愛くないですね」
「Thanks!そりゃあ光栄だ!」
ニヤリと笑って、唇に唇をぶつけた。



(俺は多分、アンタに恋してる)











愛は真心、恋は下心。
な、長い……!しかも最後ぐだぐだだ。こりゃ、本格的に要修行かな。