旋風
「見ろよ政宗、雪だ。雪!雪合戦だ!」 「ああ、そうかい。勝手にやってな」 さして興味もなかったのでぞんざいに相槌を打てば、元親は、何だよ政宗つれね えな、と口を尖らせた。しかし政宗にしてみれば、雪なぞ疾うの昔に見飽きてし まったものである。 幾ら四国が暖かいとは云え、 降らねェ訳でもなかろうに、何がそんなに珍しいんだか──。 声には出さず呟いて、開けっぴろげた障子を閉めようともせずに外を眺める元親 をちらりと見遣った。彼は相変わらずの薄着の上に半纏を一枚引っかけただけ、 見ている此方が寒くなるような格好で、実際本人も、風が吹き込む度に寒い寒い とぼやいている。 部屋の奥、火鉢に手を翳して一人暖を取っている政宗が、そんなら着るか、こっ ちに来りゃあいいだろうがよと一応は進言したものの、 「莫ッ迦野郎、何の為に、わざわざ奥州くんだりまで来たと思ってやがるンだ」 そう一蹴されてしまえば返す言葉も出て来ない。 否、 俺に会う為じゃなかったのかよ…… と落胆する心も、無いわけではなかったが。 そうして密かにいじけていた政宗は、いつの間にやら元親が、庭に降りていたこ とに気付くべくもなかった。 だから、突如飛来したものに横面を撃ち抜かれたとき、彼の頭は、一瞬の間、不 覚にも真っ白くなったのである。 衝撃から立ち直った政宗は、先ず妙に冷たさの残る頬に手を当てて、次いで、辺 りの畳に散らばった、やはり冷え冷えとした幾つかの白い塊を見、そこで漸く、 軒先でしてやったりと云うようににやつく元親に気付くに至った。 彼は片腕いっぱいに雪玉を抱えてもう一度、 「雪合戦しようぜ」 とのたまった。 言外に、“真逆、ここまでされてまだ断るなんて、野暮なこたァしねェよな”と 滲ませている辺り、憎たらしいことこの上ない。 とは云え、ここはぐっと堪えて断る方が得策だ。大人の振りをした餓鬼の遊びに 付き合うよりも、そこは巧く丸め込み、雪見酒と洒落込むがいいに決まっている のだ。だが。 ──残念なことに、政宗もそれはもう立派に、餓鬼だった。 「……いい度胸だ、やってやろうじゃねェか……」 低く。 地獄の底から這い上がるような、と云う比喩は、将にこの為にあるのではないだ ろうか。 そう思わせるほどに凶悪な声音で宣戦布告を受けて立ち、政宗は、どす黒いもの を背負ったままにゆらりと立ち上がり、足音も荒く縁側に出ると、そのままの勢 いで草履を引っかけ、遂に雪を踏みしめたのである。 政宗は声を張り上げた。 「雪合戦で俺に勝とうなんざ、十年早ェんだよ!ハッ、後で泣き見たって知らね ェぜ」 ぎらぎらと報復に燃える隻眼を前にしながら、同じく隻眼の鬼は、いとも愉しげ に挑発をかわす。 「ったく……やァっとやる気になったかよ」 「応、こうなりゃ徹底的に叩きのめしてやらァ」 かち合った二人の目線、その間で激しく火花が散ったのは、云うまでもないだろ う。 ──そして、四半刻程後。 平素であれば雪に埋もれて静まり返っている筈の庭は、錚々たる様相を呈してい た。 大量に作られた雪玉の為、白銀に輝いていた地面は所々に土が覗いて汚らしい。 美しく剪定され整えてあった木々は、飛び交う豪速球によってその枝先を失くし ている。 勿論、未だ雪合戦を繰り広げている二人の有様には目も当てられない。全身── それこそ頭の天辺から爪先まで雪まみれ泥まみれ、更には、鼻の頭や指先など、 寒さで真っ赤になっている。そして極めつけは、止まるところを知らない罵詈雑 言の応酬だ。 「てめえ、さっさと降参しやがれッ」 元親が吠えれば、 「誰がするか!雪国育ちナメんなッ」 政宗が叫び返す──始終こんな具合である。 とは云え、奥州の昼は短い。 既に日も傾き、立ち込めた分厚い雲も手伝って、辺りは薄暗く、寒さも増してき たようだ。それでも止めようとしないのは、双方共に、負けん気が強いからであ るのだが。 突然、元親が動きを止めた。 「は……」 「は?」 不可解な行動に、政宗もつられて息を詰める。 その時。 ひゅう、 風が吹いた。 続けざま、くしゅ、と、情けなく空気の洩れる音。 元親は、口元を押さえて俯いている。 指の隙間から覗く顔は、寒さにやられていることを差し引いても、十分に赤い。 じとりと睨み付けてくる視線に、政宗は完全に、毒気を抜かれてしまった。 抱えていた大量の雪玉を地に落とし、鬼の傍へと歩み寄る。 「……ンだよ、文句あっか」 「否、そうじゃねェけど」 「じゃあ何だってんだよ」 問う元親の前に屈み込み目線を合わせると、政宗は大真面目に云い放った。 「アンタのくしゃみ、以外にcuteだな」 さァて、風邪引かれても困るしな、ここらで切り上げるぞ。 彼はそう云いおいて、さっさと部屋の中に入ってしまい。 一人取り残された元親は、どうしようもなく火照った顔を何とか冷やそうと思案 した末に、近くに作ってあった雪山を暫く見つめ、おもむろに、そこに顔を突っ 込んだのだった。 結局。 その現場も政宗にきっちり目撃されており、後で散々揶われ、いい加減頭にきた 元親が、容赦ない蹴りの一撃で政宗を沈めたりもしたのだが── それはまた、別の話である。 END
元親が阿呆の化身となった問題作(笑) 石を投げられても文句は言えないので、御館様のメテオまでなら受け止めて見せます。 タイトルは"せんぷう"ではなく"つむじかぜ"と読んで戴ければ。