貘の見る夢
べつに、言葉が欲しい訳ではなかったのだ。だと云うのに夢の中の自分は、厭き るでもなく同じ台詞を繰り返していた。 「Do you love me?」 それ以外の言葉は、知らなかった。 「声に出さなきゃ不安かい」 夢の中で元親は、その都度笑ってそう答えた。 ──否、それが彼であった筈がない。彼は異国語を解さないからだ。よって自分 が話しかけていたのは、愚かな心を嘲笑う自分自身が創り出した虚像であって。 「 」 覚醒に近づく浮遊感の最中に彼が口にした言葉、それすらも、だとすれば己が願 望の顕れか── そこまで反芻してから、政宗は細く長く息を吐いた。胸中に溜め込んだ詮無い思 いを、あわよくば煙と共に吐き出してしまおうと考えたのだ。が、結局それも失 敗に終わった。 元親を疑っているわけではなかった。彼が自分を好いてくれていることは十分に 理解しているのだから。 大体、政宗自身、想いを言葉にして告げることをしない。互いに、その必要は無 いと思っている。 ──そんなモン。 言葉は真実であり、 言葉は虚構であり、 そして結局言葉以外にはなり得ない。 何を云おうとその場で消える、所詮は刹那の幻だ。 そう。 必要など、ない。 政宗は軽くかぶりを振って、再びキセルの煙を深く吸い込んだ。 と、背後から声が掛けられた。 「なァに、拗ねてんだ」 「拗ねてねェ」 「いーや、拗ねてた」 憮然として体の向きを換えると、鬼はごろりと寝転んだままで政宗を見上げてい た。瞳から、揶うような色が窺える。 「背中に書いてあンだ、てめェは」 「……ちっと、夢見が悪かっただけだ」 吐き捨てるように云って、三度吸い込んだ煙を、元親の顔に吹きかけてやった。 突然のことに元親は、涙すら浮かべながらひとしきり噎せた。 「煙てェだろが」 「お子ちゃま」 「ハッ、怖い夢見たってびびる餓鬼に云われたかねェな」 「うっせェよ──」 政宗が悪態を吐いたのと同時か、それとも、もっと早くにか。元親の表情が、変 わった。 また、下らないことでも思い付いたか。 そう考えるより先に元親が勢い良く身を起こし、結果、派手な音を立てて互いの 額が激突した。 「って──」 思わず額を押さえてうずくまる政宗を後目に、元親は痛みを感じていないのか、 至って上機嫌だ。同じ強さでぶつかった筈なのにこの差は何だ、アンタは何処ま で鈍いんだ、政宗の胸中にはそんなことばかりが浮かぶ。文句の一つも云ってや らねば気が済まぬとばかりに口を開きかけた竜は、しかし顔を上げたままの姿勢 で固まって、用意していた罵詈雑言は咽の辺りで勢いを失くした。 「Hey、元親」 「ん?」 「アンタ、何やってンだ」 眉を顰めて問う政宗の視線の先には、正座して自らの膝をぽんぽんと叩く元親。 「何って、膝枕してやろうとしてンじゃねェか」 膝枕。 元親は確かにそう云っただろうか。 状況が飲み込めず呆けている政宗に、元親は更に続ける。 「これなら怖くねェだろ。それとも俺の膝じゃァ不満かよ」 それを聞いた政宗はがしがしと頭を掻くと、文机の上にキセルを置いて、来い来 いと手招きする元親の所までにじり寄った。そして、尊大な態度で寝転ぶなり一 言、 「固ェ」 「悪かったなッ」 元親が言い返してくるのも気にすることなく目を閉じる。やがて、元親の指が躊 躇いがちに髪を梳き始めると、睡魔はすぐに訪れた。 揺揺と眠りに落ちる直前。 「 」 元親が何事か囁いて、その声の意味するところが、何故だか政宗を酷く安心させ て。 今度は、夢は見なかった。
不安になる宗たん。色々ぐだぐだだ。 シリアスにしようと思ってたのに、お親が喋りだしたら軽く……何だこれは、反 抗期か。←THE・AHO