イアーゴ・レディー
毛利から使者が来たのは、夏の長い日も傾きかけた頃だった。
「お初にお目にかかりまする」
数多の供を引き連れてやって来たその使者は、萌葱の襲を纏った大層美しい姫だった。
姫は日和と名乗り、優雅に一礼すると、呆けている元親にすいと近付き、
「此度は我があるじ、元就より、元親さまにお手紙を預かって参りました」
差し出された文には、確かに元就の筆跡が踊っている。
用向きが済みましたのでわたくしはこれにて、と退出しようとした日和を、元親
は引き留めた。
「日和殿。もう時間も遅い、今日はここに泊まっていけば良い。ゆっくりしてい
ってくれ」
「まあ、それではお言葉に甘えて」
二人のそのやりとりが発端で、いつしか広間は宴の様相を呈していた。
浴びるように酒を呑む男たちを前に、日和は長宗我部家の侍女に混ざって酒を注
いだり潰れた者を介抱したりと甲斐甲斐しく働いた。それを見て、
「いや、日和さまは頼りになりまするなあ!貴女のような方がうちの殿と夫婦に
なってくだされば、元親様も少しは落ち着かれるに違いない!」
「隼人!勘弁してくれ……」
どっと盛り上がる場内に、引き合いに出された日和は機嫌を損ねるどころか袖で
口元を隠し、照れた様子で笑う。彼女の器の大きさに、家臣たちは感心するばか
りだ。しまいには、
「どうか俺たちの姐御に!」
と本気になって頼む者まで出て来るほどだった。
そんな様子に苦笑して、元親は席を外し自室に戻った。元就からの文を読むため
である。
灯台に灯を入れて、幽かな光の下で文章に目を通す。だが読み進めていくうち、
元親の表情は次第に強ばっていった。
「何だよ、これ……」
言葉が口をついて出ていた。
文には、
『元親もそろそろ嫁を取った方が良い。これを持たせた日和は気立てもいいし見
目も麗しい、家柄はこちらで保証するが、どうか』
というような内容が書き連ねてあったのだ。
「何で、元就、俺のこと愛してるって」
酒も手伝って、涙腺が緩んでいた。普段は流れない涙が頬を伝い、ぱたぱたと文
に落ちて墨が滲む。
ぼんやりとそれを眺めていたとき、静かに部屋に入ってきた者があった。
「夜分に失礼致します」
日和である。
美しい姫は泣いている元親を認めると、
「どうなされたのです、そのように涙なされては男が廃りましょう」
そう云って指で元親の涙を掬い、背中をさすって慰める。しかし元親はそれすら
気に留めず、譫言のように
「元就に嫌われた」
と繰り返すばかり。
それに対し日和は花開くように微笑み、
「元親さま。元就さまのことは忘れられませ。これからは日和が愛して差し上げ
ますゆえ……」
耳元で囁きながら、元親をゆっくりと押し倒した。そっと元親の着物をはだけ、
現れた胸板にくちびるを落とす。ほっそりとした指が帯に触れた。
始めされるがままになっていた元親も、それには流石に慌てた。
「ひ、日和殿!?」
「良いではありませぬか、わたくしたちはいずれ夫婦となる身……それとも、わ
たくしのことはお嫌いですか?」
その一言に、抗おうとしていた元親の腕が力を失う。
「……嫌いじゃねえさ……祝言、上げても良いぜ。アンタとなら」
そう言って瞳を閉じた元親の耳に届いたのは、しかし日和のたおやかな声ではな
かった。
「その言葉――しかと聞いたぞ」
元親は弾かれたように目を開くが、自分の他にこの部屋に居るのは自分の腹の上
に乗っている日和だけ。幻聴かと思ったが、
「此処まで見事に我が策に嵌るとはな。よくもそれで一国の主が務まるものだ」
聞き慣れた声と口調、紡いだのは、日和の紅いくちびるだった。
「兎に角これで四国と貴様は我の物だ。我と祝言を上げるのだろう?」
乾きかけていた涙が、再び溢れる。
「なん、で、こんな、」
「趣向を変えるのも、たまには良いかと思ってな」
「良くねえよ莫迦元就ッ!俺がどんだけ……!」
泣いているのを隠すように腕で顔を覆う元親を余所に、日和はふむ、と腕を組ん
だ。
「しかし……自分でしたこととは言え、貴様が他に靡いているのはなかなかに不
愉快だった」
「自業自得だ、莫迦!……って、え……?」
「己に嫉妬するとは、我もまだまだ修行が足りぬか」
呟かれた言葉に、元親は耳を疑った。
「も、元就?」
「貴様ももう泣くな。大の男がみっともない」
つい先程日和がしてくれたように涙を拭ってくれる指は間違い無く元就の物で、
何故あの時気付かなかったのかと思うと自分で自分が不甲斐ない。
「ああもう色々、サイテーだ」
元親はぼそりと吐き捨てると、目の前の姫、の格好をした元就に思いきり抱きつ
いた。
※
その翌日のこと。
夜のうちに脱いでしまった鬘やら着物をそつなく着込み、ご丁寧に紅まで引いて
日和に化けた元就は、惜しまれつつも何食わぬ顔で中国へと帰っていった。
遠ざかっていく船を見送りながら、この礼どのようにしてくれよう、と、痛む腰
を気にしながら思案していると、
「腰痛ですか?……はっ!」
「ま、まさかアニキ、日和殿に手を出したんじゃ、」
「しかも頑張りすぎて腰が痛いとか、」
疑いの眼差しで自分を見やる部下たちに、
「ばっ、ちげーよ!あいつが俺を襲ってきて」
「やっぱりシちゃったんスねアニキ」
「アニキがそんなに節操無しだなんて」
「日和殿かわいそー」
ますます白い目で見られ元親は、
(待っていやがれ元就、いつか絶対仕返ししてやる……!)
涙さえ浮かべてそう誓ったのだった。
END
いつだったか佳辰ちゃんとのメールで生まれたネタです。女装の麗人×マッチョ
な異色ネタ。きっぱりすっぱり奈々を無視してますごめんなさい。毛長ですよ、
念の為。
日和←「日」が付く名前にしたかったんだほら毛って日輪の申し子じゃん?ネー
ミングセンスが壊滅的なのは気にしない。